シエラの桜庭

創作小説を書いたり、日々思うことを書き綴ったり。

【オリジナル短編小説作品】 change

 二人は向き合っていた。そして、目の前にあるものが信じられないでいた。

「ちょっと……冗談じゃないんですけど。あたし、今日大事な日なんですけど!」

 スーツ姿の若い男がそう口にした。

「それはこっちのセリフ。俺だって、今日は大事な日なんだ!」

 高校の制服を身にまとった少女がそう言った。

 駅のホームで、二人は自分の状況を受け入れられないでいた。通りすがる人々は怪訝な表情で彼らを見るが、それも一瞬のこと。朝のホームは他人のことなど深く気にする暇もない人々でいっぱいだった……。

 

 

 

「ち、遅刻しちゃうじゃない! 間に合って!」

 セーラー服の少女が駅のホームを走っていた。全力で走っていた。周りなど気にする余裕もなかった。

「やっべ! これ乗らないと間に合わない!」

 リクルートスーツに身を包んだ若い男が少女とは反対方向から走ってきていた。腕時計を気にしながら、全力で走る。こちらも周りを気にする余裕はなかった。

「きゃっ!」

「うわっ!」

 そんな二人は猛スピードで衝突した。ぶつかった反動で二人とも逆方向に倒れた。痛む身体をさすりながら起き上がった二人は、そこで信じられないものを見た。

「え? あ、あたし……!?」

「ちょ……お、俺……!?」

 二人が見たものは、自分自身の姿だった。だが、目の前にあるものは鏡などではない。本人そのものだった。

「うわっ! 何これ? なんであたし、スーツなんか着てるの?」

「え? 俺、セーラー服!?」

 二人はそれぞれ自分の着ているものを確認する。そして、気付く。

「「入れ替わっちゃったの!?」」

 二人が同時に叫ぶ。人通りの多いホームでは、二人に気を留める人々も多いが、非現実的なことを叫ぶ二人に積極的にかかわろうとする人間は一人もいなかった。

「ちょっと……冗談じゃないんですけど。あたし、今日大事な日なんですけど!」

「それはこっちのセリフ。俺だって、今日は大事な日なんだ!」

「ちょっと、あたしの身体とか触んないでよ、変態」

「現状を確認しただけだろ、大した身体じゃないくせに」

「失礼な!」

 二人は、乗らなければならなかった電車が行ってしまうことにも気付かず、口論していた。文字にするのもはばかられるような罵詈雑言で貶し合う。

「はぁ……仕方ないなあ。とりあえず、あんた、名前なんて言うの? あんたの代わりにあんたの用事済ませなきゃいけないんだから」

「は? 俺の代わりできんの? 女子高生なんかに? 馬鹿にすんなよ」

「何? だったらどうするっていうの? 入れ替わっちゃったんですけど?」

「まあ、仕方ないだろ……こうするんだよ」

 中身が女子高生のスーツ姿の男は、若い男が中身の自分の姿を驚愕の表情で見つめた。

 男のとても正気とは思えないその考えに、女子高生は大人しく従うしかなかった。

 

「あのっ。こんなこと言われても困ると思うんですけど、私、あなたのこと好きなんです!」

 スーツ姿の若い男が、男子高校生に迫っていた。差し出しているのは可愛らしいラッピングに包まれたプレゼント。

「誕生日、おめでとうございます!」

 男子高校生はそのプレゼントを素直に受け取る。イケメンの彼が浮かべる笑顔は、引きつっていた。

 

「私が御社を志望したのは、社長の掲げる、お客様を第一に考え、お客様一人一人のニーズに応え、ひいては社会に貢献するという企業理念に共感したからで……」

 人事担当の社員を前に、リクルートスーツの大学生がずらりと並ぶ、とある企業の面接会場。そこで熱弁を振るうセーラー服姿の女子高生はひどく目立った。

「あなたの主張はわかりました。ですが、この履歴書の写真と現在のあなたの姿がまったく一致しないんですが? ええと、二階堂雄太さんで良いんですよね? 本当に大学生ですか?」

 人事担当の男性社員は笑っているが、顔がひきつっている。怒って良いのか、どうしたら良いのか、戸惑っているのだ。

「これには訳がありまして……。自分でもよくわかっていないんですけど」

「なるほど。よくわかりませんがわかりました。では、次の方お願いします」

 よくわからない事情に、それ以上深くは追及せず、人事担当は軽く流した。

 

「で、どうだったの? 結果は? どうせダメだったんでしょ?」

 夕方、駅のホームで再び彼らは会っていた。男の姿の女子高生は、軽蔑した表情で女子高生の姿の男を見つめた。

「いや、信じられないけど、通った。次、最終面接だって」

「嘘でしょ?」

「そっちはどうなんだよ? 男子高生が卒業間際の男子大学生なんか……」

「あたしも信じられないけど、付き合うことになった」

「マジで? で、どうしたら元に戻るんだよ?」

「あたしにもわかんないよ、そんなの」

 二人は見つめ合った。これからどうしたら良いのか、二人のどちらにもわからなかった。

 ただ、元の姿に戻ったとして、一世一代の勝負が上手くいった結果が変わってしまうのが怖い。それはどちらにしても同じことなのだった……。