シエラの桜庭

創作小説を書いたり、日々思うことを書き綴ったり。

【オリジナル短編小説作品】はつ雪

 吐く息を、視認することができるようになった。

 白い靄のように、目の前に広がる。

 こんな季節はただでさえ人恋しくなるものだ。

 身体の奥まで冷えるような寒さは、この地方独特のものだろう。

 肌を切り刻むような低温に身が震える。

 僕は吐息で指先を温めた。

「レイ。また来たよ! レイ、いる?」

 

 さえずる小鳥のような可愛らしい声が窓の外から聞こえる。

 僕は小屋の入口の扉を開けた。

 ふわふわと金色の長い髪が揺れる。

 笑顔の可愛い女の子がカゴを抱えて立っていた。

「マナ……。もう来るなって言ったじゃないか。僕は……」

「知ってる。あなたが人間じゃないこと。でも、それでもいいの」

 ふんわりと笑うその顔に、癒されるとともに、胸が高鳴る。

 ずっとそばにいてほしい。

 その笑顔をいつまででも独占していたい。

「ダメだ、マナ。自分の家に帰るんだ」

 だけど、それは許されないことだ。

 住む世界が違うのに、交わることなどできるはずもない。

 そんな僕の言葉に、マナはむくれた。

「わざわざ会いに来たのに、どうして喜んでくれないの?」

 そんなことを言われても、掟があるんだから仕方ないじゃないか。

 僕の種族の世界では、人間とかかわることは禁止されている。

 姿を見られることもよく思われない。

 まあ、現在生きている僕の種族は、僕の他にはもういないけれど。

「僕はきみに会いたいとは言ってないよ。来たのはきみの身勝手じゃないか」

 嘘だ。

 確かにマナには言っていないかもしれない。

 だけど、僕はマナに会いたかった。

 元気な顔を見たかった。

 そんな気持ちを抑えるのは苦しかった。

「そう……。じゃあ、帰るね。ごめんね、レイ」

 きびすを返して、来た道を帰ろうとするマナ。

 だけど、その足元がおぼつかなくて……。

 けもの道に張り出したヒノキの木の根が、彼女の足をとった。

「危ない!」

 気付いた瞬間には僕は彼女の身体を抱えていた。

 小屋の中にいたはずの僕。

 こんなことができるのは、僕が神通力を持っているからだ。

「あ、ありがとう、レイ。やっぱり天狗ってすごいのね」

「別にすごくなんてないよ。さ、早く帰って。もう来ないで」

 僕は抱きかかえたマナから離れると、彼女を追い払った。

 その冷たい対応に、マナは傷ついた表情を浮かべるけれど、僕は見ないふりをした。

「じゃあ、またね、レイ」

「また、は、ないよ。マナ」

「ふふ……。ううん、また来る。じゃあね」

 マナの背中を見送る僕の頬に冷たいものが落ちる。

 泣いているわけじゃない。断じて、泣いてなんかいない。

 マナに対して抱く感情は、誰にも話せない特別なものだけれど……。

 そんな思いに涙したってわけなんかじゃないんだ。

 空を見上げると、今年はじめての雪の結晶が、舞い踊りながら降りて来ていた。

 今年もこの季節がやってきた。

 人恋しくなるようなこの季節が。