【短編創作小説】りんご飴と仲間を探す旅のこと。 ―のべらっくす第10回―
先月末は忙しかったため、初参加から欠かさず参加してきたのべらっくすさんの企画をお休みしようと思っていたのですが……。
どうやら私と同じように参加できなかった方が多かったようで、締め切りがのびたということを知り、日曜日を執筆に費やして急いで書きあげました。
ネタもあまり思いつかなかったので、しばらく前に書いた短編小説の主人公たちを使って書きました。
そちらの短編小説はまたあとで投稿しますね。
土曜日にお祭りに行ったのですが、密かに食べたかったりんご飴を出してみました。
買えば良かったな……うう。
では、続きを読むからどうぞ。
りんご飴と仲間を探す旅のこと。
地元の人間でも来ない、山を分け入った奥の奥。
僕の棲み家は寂しいところにある。
それで良いのだ。そもそも、僕は人間と関わるわけにはいかないのだから。
もうこの世界には僕しか存在しない種族だけれど、その僕は遠い祖先が決めた掟に縛られている。
『人間と直接関わることは禁止する』
他にも細かな掟はあるけれど、一本太い柱となっているのはその掟。
否、僕は掟に縛られていた、だ。
もうそんな掟なんてやぶられてしまった。
「レイ! こんにちは!」
明るくて可愛い声が僕の静寂をやぶる。
数ヶ月前、ひょんなことから知り合ってしまった人間の女の子。
その日から彼女はことあるごとに僕の棲む狭い小屋にやってくる。
いつも何かしら手土産を持って来るものだから、楽しみにしてしまっている自分が怖い。
ふわふわと揺れる金色の長い髪。
だけど、僕は知ってる。
彼女は髪を染めているのだ。本来の彼女の髪の色は、僕と同じ濡れ羽色。
「また来たの? マナ。きみも暇なんだね」
掟の名残で、彼女が来てくれたことに嫌味しか言えない自分が自分で嫌になる。
本当は彼女が好きなのに。
可愛くてたまらないと思っている僕なのに。
「暇じゃないよー。暇つぶしなんかで来ているわけじゃないんだから。わざわざ時間作って来てるの! だから、ね、家に入れて」
にこにこと眩しい笑顔を浮かべながら、彼女は催促するけれど。
彼女と知り合ってから数ヶ月。僕はまだ彼女を家に入れたことはない。
家と言っても寝起きするだけの掘立小屋だけど、今まで一度も誰ひとりとして入れたことはないのだ。
そこは僕の中で譲れない、彼女に対する高い壁だ。
この一線を越えられてしまったら、僕はきっとずるずると……。
「ごめん。家には入れられない。いつもの広場に行こう」
そこは彼女と知り合ってから、僕が作った小さな休憩場所だった。
僕ひとりで暮らす分には必要のない場所だったけれど、彼女とゆっくり話す場所が欲しくてせっせと作ったのだ。
「またあの広場か……。まあ、良いけどね」
口ではそう言いつつ、表情は不服そうだ。
彼女はいつも持って来るカゴを左手に持ち替えて、空いた右手を僕の方に差し出した。
「じゃあせめて。広場まで手、つないでいこ」
僕は断り切れず彼女の手をとる。
人間の手はほのかに温かい。
僕の手は、彼女にどんな印象を持たれているんだろうか。
そして僕たちは広場に向かった。
◆ ◆ ◆
「昨日ね、夏祭りがあったの。それで、これ……」
広場には僕のお手製の椅子を二脚向かい合うように置いていて、その片方に彼女が座った。
僕ももう一方に腰を下ろすと、彼女はカゴから、細い棒の先にまるっこいものがついた何かを取り出した。
まるっこいものは赤く、日に当たってキラキラ光っている。
「こういうの好きでしょ? りんご飴っていうのよ」
飴……? 飴なのか。お菓子なのか。
確かに僕は、彼女が持って来てくれるお菓子が好きだ。
僕の種族は、人間の身体の構造とは違うから、食べ物によって生命を維持しているわけではないが、人間の食べ物が味わえないわけではない。
彼女が持って来てくれたお菓子を初めて食べたときには、甘みという不思議な味覚に、心臓を掴まれるほど感動した。
飴という種類のお菓子も、彼女は以前に持って来てくれた。
だけど、今彼女が手にしているまるっこいものは、飴というには大き過ぎる。
こんなものを人間は飴として食べているのか?
あごが外れないんだろうか?
僕と人間の口の大きさはそう変わらないはずなんだけど。
「ありがとう。りんご飴か。食べて良いの?」
「もちろん! 食べてもらうために持って来たのよ」
僕がそのりんご飴とかいうまるっこいものを受け取って、包装をとり、口に入れようとすると彼女は噴き出した。
どうしたんだろう?
僕の口はりんご飴でふさがれている。
「ふふっ。レイ、あのね、りんご飴って口に頬張るものじゃないのよ。ちょっとずつかじりながら食べるの」
「んぇっ?」
りんご飴をくわえたまま、僕は変な声を出した。
飴の甘みは僕の舌にしっかり伝わっている。
かじりながら? そうなのか……。
道理で大き過ぎると思ったんだ。
僕はりんご飴を口から離して、改めてその丸みにかじりついた。
「ん。美味しい」
カリッとかじると口の中に入ってくる糖分の塊。
その甘さは僕を幸せにした。
そんな感情が表情に出ていたのか、彼女は満足そうに僕の顔を見ていた。
恥ずかしいけれど、そのまま僕はりんご飴がなくなって棒だけになるまでかじり尽くした。
「マナ……。僕は旅に出ようと思うんだ」
りんご飴を食べ終わったあと、僕はそう切り出した。
彼女に伝えるのは胸が痛むけれど、言わなきゃ彼女は何も知らないまま僕を見失うことになる。
それはあまりにも気の毒だ。
こうしてわざわざこんな山奥に通って来てくれる彼女につらい思いをさせたくはない。
「え……? どこに行くの……? どれくらいの期間?」
彼女の質問に僕はどう答えようか迷った。
でも、素直に自分の思っていることを伝える。
「どこに行くかも、どれくらい行くかも決めていないよ。ただ、僕は探したいんだ」
僕は僕の種族はもう絶えたと思っているけれど、もしかしたら違うかもしれない。
僕の他にまだ僕と同じ種族が生きているのに、それを知らなかったら不覚だし、つらい。
会えなかったら会えないで仕方がないけれど、できる限りのことはしたいんだ。
「もしかして、仲間を探しに行くの?」
察しの良い彼女は、僕の発言だけでそう推測してくれた。
僕が普段、仲間に会いたいって漏らしているのをちゃんと覚えていてくれていることにひそかに感激した。
「うん。そうだよ。ここを出ていろんな山を探せば、僕の種族じゃなくても、何かしらのあやかしの類に会えるかもしれない。もしかしたら、あんまり仲良くない種族に出会って、喧嘩になったりもするかもしれないけれど……」
危険な旅になるかもしれないけれど、今のまま、ただひとりでこの山で無為に時間を過ごす。
いつか力を失って人間よりちょっとは長い命を落とすまで、特に何もしない。
そんな一生は嫌なんだ。
僕は何かしらこの魂に爪痕を残したい。
「だ、駄目だよそんなの、喧嘩だなんて……」
彼女はそう心配してくれる。
もしかしたら、旅に出ることも止められるのかな?
やっぱり話さなきゃ良かったかな、なんて思っていたときだった。
「でも……仲間には会いたいもんね。うん、良いと思う、旅」
ひとりで納得して呟くように彼女は言った。
もう、絶対反対されると思っていたから、僕は拍子抜けした。
「え、良いの? 本当に?」
僕の質問に彼女は笑ってうなずく。
可愛いなあと思ってしまう。
この気持ちは、きっと許されるようなものじゃないと思うけれど。
「うん、いってらっしゃい。無事に仲間に会えると良いね。でも、一つ気になることが……」
チャララララー♪
彼女の言葉を遮るように、彼女のカゴから突然音楽が流れた。
人間の生活のことはよく知らない僕だけれど、その存在は知っている。
彼女はそれを「スマホ」と呼んでいた。
「ちょっと待ってね、レイ」
そう言って、彼女は「スマホ」を取り出して、指で何かいじると、それを耳に当てた。
「あ、お母さん? うん、うん、うん……。わかった。すぐに帰るよ」
「スマホ」というのは、人間が遠くの人間との通信に使う道具だ。
当然僕は使ったことがないのだけれど、仕組みはなんとなく理解している。
「ごめんね、レイ。親が急に外食したいって言ってるの。焼き肉って言うから、私も行きたくて……」
彼女は申し訳なさそうにそう口にする。
その意味するところはさすがに僕でもわかる。
「うん。良いよ、マナ。もう帰りなよ。まあ、僕は明日には旅に出るけどね」
そう答えると、彼女は目を丸くして僕の着物にしがみついた。
「え!? ちょ、ウソ。そんな……。ていうか、レイが帰ってきたらどうやってわかるの? 私、レイがいないのにこの山に登るのつらいよ……」
涙を流さんばかりの顔に、チクリと刺す胸の痛み。
それは僕もどうしようかと悩んでいた。
旅から帰ってこないなんて選択肢はないけれど、帰って来たことをどうやって彼女に伝えようか。
人里に下りてたくさんの人間の目の前に姿を晒す。
そんなことは絶対にしたくない。
もう種族最大の掟はやぶっている僕だけれど、彼女以外の人間に会いたくはないんだ。
だから……。
チャララララー♪
再び彼女の手の中の「スマホ」が鳴り響く。
「え、またお母さんかな……?」
そう呟きながら彼女が画面を見る。
そして、怪訝そうな顔をして、なんだか嫌そうに「スマホ」を耳に当てる。
「もしもし……?」
彼女のその声は二重に僕の耳に届いている。
なぜなら……。
「もしもし、レイだよ」
その通信を送っているのは僕だからだ。
彼女の耳にも、僕の声は直接聞こえるのと、「スマホ」を通すのの二種類が届いているはずだ。
彼女は目を見開いて、僕を見つめる。
「え!? え!? 非通知設定って……レイなの!?」
「天狗の神通力に不可能はないよ。帰ったらこれで教えてあげるよ」
人間の使う電波とやらに割り込むなど僕には造作もないことだ。
まあ、僕には電話番号なんてないから、非通知設定になってしまうけれど。
「ひどいよ!」
急に彼女は声をあげた。
その声が大き過ぎて、耳がちょっとつらいけれど仕方がない。
彼女の怒りはなんとなく予想がつくけれど、僕はとぼける。
「え? 何が?」
「非通知設定なんて……!! 私からレイにかけられないじゃない!!」
「それはごめん。でも、僕も旅を邪魔されたくないんだ。連絡するのは僕からだけだけど、許して」
彼女の方から僕に連絡したいだなんて、なんだか嬉しい気持ちもあるけれど……。
それが可能になったら、ちょっとめんどくさいことになりそうな予感がするから、このままでいい。
「わかった。ただ、ひとつだけ条件があるけど」
しぶしぶうなずく彼女に、罪悪感がわくのはなんでだろう?
僕、そんなにひどいことしてる?
「何?」
そう訊くと、彼女は少し顔を赤らめながら答えた。
「旅に出る前に連絡して。どんな時間だろうが私は出るから」
気構えてしまっていた「ひとつだけの条件」がそんなことで、僕は少し笑った。
本当に可愛いなあ。
同じ種族だったらお嫁さんにしたいくらいなのに。
「わかった。明日またそれで連絡するね」
僕は「スマホ」を指差しながら約束した。
彼女は口をとがらせながらうなずいた。
◆ ◆ ◆
翌朝、陽が上って空がうっすらと赤くなり始めた頃、僕は彼女の「スマホ」に通信を送った。
なかなか通じなくてやめようかと思ったとき、ブツッと音がしてつながる。
「もしもし……」
いつもより低く感じる彼女の声。
少し不機嫌そうで、けだるそうで……。
ああ、寝起きなんだなと思った。
「マナ、これから旅に出るよ」
僕は小さくまとめた荷物の袋を手にしながら、彼女の声に集中した。
朝早すぎたかな……?
僕はとっくに目覚めている時間だけれど、人間の生活ではどうなんだろう。
彼女が僕の小屋を訪ねるのはいつも昼過ぎだから、朝のことはよくわからない。
「レイ……。うん、気をつけて」
それだけ言うと、彼女の方から通信がプツリと切れた。
もう少し寝ていたい、そういう思いが伝わる気がした。
もっとたくさん話したいものかと思っていたけど、そうでもないのかな。
僕の方は話したかったんだけど……仕方ないか。
自嘲気味にふっと笑って、旅に出る準備をした。
いつもは隠している背中の羽根を出す。
僕たち天狗は神通力で空を飛ぶのだけれど、羽根はその力を増幅させてくれるのだ。
「よし。行こう」
この細く長い日本列島を旅して回るのだ。
旅の途中で仲間に会えるかもしれない。
いやが上にも気持ちは高まる。
そして僕は空に舞い上がった。
高く高く身体を空に飛ばして行く。
マナとの思い出を胸に秘め、僕はいつ終わるともしれない旅に出た。
終わり
___________________________
『旅』というテーマだったのですが、旅感があまりありませんよね。
『旅立ち』と言った方が正しいですね。はい、すみません。
そして、三人称推奨なのに一人称で書いてしまいました。
前の短編が一人称だったもので、そっちに揃えてしまいました。
レイは作中遅めに出しましたが、天狗です。
マナも金髪に染めていますが日本人です。
西洋風に見せかけて、思いっきり日本っていうのを狙いました。
上手く騙せましたかね?
読んでくださってありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。