シエラの桜庭

創作小説を書いたり、日々思うことを書き綴ったり。

【短編創作小説】夏祭りでりんご飴を買うときのあれこれ。 ―のべらっくす第11回―

第10回の感想、ありがとうございました。

前回はあとがきを書き過ぎましたね。

本来、私は自分の作品についていろいろ語りたい性質なのですが、今まではあとがきをつけていませんでした。

ちょっとでも書き始めると語り過ぎますね。

でも、今回もあとがきは標準装備です。

しかも、長いです。

 

今回のテーマは「祭り」ということで、私にはこんな話が思いつきました。

思った以上に分量が多く、5000文字におさめるには、いろいろと削るはめになりました。

 

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

  

夏祭りでりんご飴を買うときのあれこれ。

 

 西崎(にしざき)真奈美(まなみ)は溜め息をついた。

 その数、通算すると二桁くらいにはなるのではないだろうか。

 正直なところ、彼女は疲れていた。

 いったい何時間待たせれば気が済むのか。

 真奈美は気が遠くなりそうだったが、体感時間が長いだけで、実際の待ち時間は一時間ほどのものだった。

 彼女はすっかり忘れていたが、彼女の友人は遅刻常習犯なのだ。

 待ち合わせ時刻の10分前に来ていた真奈美は、なんだか大きく損をしたような気にさせられていた。

「あれ? マナじゃん。お前も祭りに行くの?」

 待ち合わせ場所である駅前には、真奈美のような浴衣姿の女の子が、あちこちに見受けられる。

 その人数は決して多くはないのだが、現代の日本では非日常のその服装は目立つため、存在感が大きかった。

 そんな中、自分に声をかけてきた少年を真奈美はキッと睨んだ。

 馴れ馴れしく「お前」などと呼ぶな。そんな気持ちを鋭い視線に込めたのだったが、相手はまるで気にした様子もなかった。

「ほらほら、せっかくそんな可愛い浴衣着てんだからさ、笑顔笑顔! 勿体無いぞ」

 空色のTシャツに、ジーンズのハーフパンツ。

 少年の名は菅(すが)直樹(なおき)。

 真奈美のクラスメートだった。

「別にあんたのために浴衣着て来たわけじゃない。余計なお世話」

 ツーンとそっぽを向く真奈美に、直樹はなおも絡んできた。

「んっだよ。可愛くねえの。でもまあ、そういうとこも可愛いんだけどな」

 真奈美はそんな直樹を無視した。

 ひと月ほど前、彼は真奈美に告白し、交際を迫っていた。

 彼女はその告白をきっぱりと断ったのだが、自分の気持ちを伝えて開き直った彼は、ことあるごとに真奈美を口説いてくるのだった。

 無視する真奈美にもめげず、直樹は更に話しかけてくる。

「誰かと待ち合わせ? あ、もしかして、宮部(みやべ)志乃(しの)? だったらどっかで見たけどな」

 宮部志乃は真奈美の小学校時代からの親友だ。

 そして、真奈美に待ちぼうけを食らわせている張本人でもあった。

 直樹のそんな一言を捨て置くことができず、真奈美は訊き返した。

「どこで見たの? それって今日のこと?」

 てっきり志乃は家で浴衣の着付けにでも手間取っているのだと真奈美は思っていた。なのに、家を出ている……? 

「もちろん今日に決まってるだろ。オレがここに来る途中にいたと思うぜ。可愛い浴衣だった」

 それを聞いて、真奈美は自分の浴衣に視線を落とした。赤い金魚の絵柄で、夏祭りにはぴったりの可愛らしい浴衣だった。一週間前に新調したばかりで、今日初めて袖を通したのだ。志乃に早く見てもらって、「可愛い」の一言が欲しかった。

「菅はなんでここに来たのよ? お祭りなら神社だけど?」

 夏祭りの行われている神社は、この駅から少し歩いたところにある。

 直接神社で待ち合わせると人ごみに埋もれてしまうため、待合室もあるこの駅で待ち合わせるのが、この祭り当日には主流だった。

「ああ、オレも友達と待ち合わせ。だけどなかなかこねえしキャンセルすっかな」

 直樹は腕の時計をチラリと見ながら言った。

 真奈美は彼の交友関係については詳しくないが、待ち合わせているのはきっと男友達なのだろう。

 しかし……。

「なんでよ? 待ってれば良いじゃん。もう少しくらい」

 そう勧めてくる真奈美に、直樹はとびきりの笑顔で誘いをかける。

「ここでマナを見つけたことだし、せっかくならマナと祭り行きたくなった。な、宮部なんかほっといてオレとデートしねえ?」

「は? やだし」

 少し食い気味なくらい即座に真奈美は直樹の誘いを拒絶した。

 なぜに親友を放って、自分を口説いてくる男と一緒に祭りに行かなければならないのだ。

 冗談じゃない。誰が誘いになど乗るものか。

 つれない態度の真奈美に対して、直樹は更に迫ろうとする。

「冷てえなあ。でもさ、宮部なら彼氏とラブラブみたいだったぜ? だからオレと……」

 それは思ってもみない報告だった。

 志乃は一人ではなかっただと……? 

 だが……。

「志乃に彼氏なんかいないし。なんで私があんたに付き合わなきゃいけないの」

 真奈美は親友の交友関係をよく知っている。

 片恋の思い人はいても、彼氏なんていう存在は知らない。

 そんな怪しい目撃情報なんかが、直樹に付き合う理由になるわけがない。

「あれ、彼氏じゃねえの? 隣のクラスの伊勢屋(いせや)希(のぞむ)だったけど。一緒にいたの」

 驚いた様子で直樹が口にしたことに、真奈美も驚いた。

 なぜなら、その名前は、真奈美がよく知るものだったからだ。

 何度となく相談された恋の悩み。

 何度となく話題にのぼった男子の名前。

 隣のクラスの伊勢屋希は確かに志乃の思い人だった。

 それが、志乃と一緒にいた? ということは、志乃の恋愛は成就したということになるのだろうか。

「志乃に確認する」

 そう言って、真奈美は浴衣に合わせて買った金魚柄の巾着袋を探り、中からスマホを取り出した。

 そして、アドレス帳を開いて親友の連絡先をたどり、電話をかける。

「もしもし、志乃? ねえ、今どこにいるの?」

 それから、一言二言話すと、真奈美は渋い顔をして電話を切った。

 そして、そのスマホをそっと巾着袋に仕舞う。

「どうだった? 宮部、なんて?」

 質問する直樹を真奈美はじろりと睨んだ。

 無言が返事の代わりだった。

 結論から言えば、真奈美は約束をすっぽかされたのだ。

 真奈美の付き合いの長い親友にとって、大事なのは彼女よりも男だった。

 志乃の恋は実った。そして、せっかく浴衣まで着て祭りを楽しみにしてきた真奈美は取り残された。

「しょうがないな。今日だけだからね」

 直樹の顔も見ずに真奈美は言った。

 それが直樹の誘いへの返事だった。

 しかし、鈍感な直樹にはすぐには通じない。

 ぽかんとした顔の彼に、イライラして真奈美はなおも言葉をぶつけた。

「ひ、一人で浴衣でお祭りなんてかっこ悪いからあんたに付き合うだけなんだから。デートだとかなんだとか勘違いしないでよね」

 10センチ程度の身長差から、直樹は見下ろす形になる真奈美の横顔。

 アップにされた金髪から覗く耳の辺りが、ほのかに赤くなっているように見えた。

 そこはかとなく漂う女子の色気。

 それでやっと理解した直樹は、ガッツポーズして喜んだ。

「マジ!? やった!! そんじゃ早く行こうぜ」

 だが、つなごうと直樹が差し出した手は、すげなく振り払われた。

 仕方なく、つかず離れずの距離で直樹は先を歩き始める真奈美のあとをついて行った。

 

◆ ◆ ◆ 

 

金魚すくいやろうぜ、金魚すくい

「やんない。うちには金魚鉢も水槽もないんだから飼えない」

「むー。じゃあ、輪投げやろうぜ!」

「あの中に欲しい景品なんてない」

「わかった! 射的やろうぜ、射的」

「一人でやれば? 付き合わせないで」

 祭りで様々な屋台が出店しているというのに、こんな調子で真奈美がどれも却下するものだから、直樹は若干苛ついていた。

 せっかく好きな女の子と祭りを回っていると言うのに、これでは何も面白くない。

 どうしたら一緒に楽しんでくれるだろう。そんなふうに直樹が悩みながら隣を歩くのを気にも留めず、真奈美はマイペースに祭りの雰囲気に浸っていた。

 そんな彼女はある屋台の前で足を止める。

 既に4人ほどが並んで買う順番を待っている、それはりんご飴の屋台だった。

「なに? 買うの?」

 巾着袋をごそごそする真奈美に気付き、直樹は訊いた。

 軽くうなずいて真奈美が列の最後に並ぶので、彼も付き合うことにした。

 やがて順番が回ってきて、真奈美は店の売り子に言った。

「りんご飴、2つください」

 そして、2つ分の代金を払って、2つのりんご飴を受け取る。

 串に刺さったひめりんごをコーティングする透明な飴は、鮮やかな赤い色がつけられている。

 辺りが薄暗くなってきたこの時間、2つのりんご飴は提灯などの明かりに照らされ、つやつや光っていた。

「サンキュ。じゃ、オレもなんかマナにおごって……」

 そう言いながら直樹が受け取るための手を差し出すと、真奈美は強かにその手を打ち払った。

「は? あんたにじゃないし。これはおみやげ」

 心底嫌そうに真奈美はその可愛らしい顔を歪めた。

 偶然出会っただけのただの知り合いの分際で図々しい。

 直樹なんかのために、真奈美がわざわざ財布を出す理由がないではないか。

「え? オレにじゃないの? じゃー、家族に?」

 一瞬舞い上がるように喜んだだけに、直樹の落ち込み具合は半端なかった。

 若干不機嫌そうに、直樹は真奈美がりんご飴を渡す相手を探った。

 それが男だったら立ち直れない……。

 だが、幸か不幸か真奈美はその相手について何も語らなかった。

「誰にでも良いでしょ。あんたに関係ない」

 そして、真奈美は片方のりんご飴の包装をとり、真っ赤な丸みにかぶりついた。

 カリ、カリと歯で削り取るように味わう。

 その姿を見て、直樹は財布を取り出した。

「オレも買お」

 そうして彼もりんご飴を買ったのだが、真奈美が見せる美味しそうな顔とは裏腹に、実際に食べるそれは大して美味しいものではないのが残念だった。

「私、帰るわ。じゃあね」

 二人のりんご飴がただの棒きれだけになった頃、真奈美はそう宣言した。

 直樹は驚く。

「え!? まだ帰るのには早いだろ! もうちょっと……」

 辺りは薄暗くなってきたとは言え、夏の夕暮れはまだ足が遅い。

 夏祭りの楽しいのはこれからだ。打ち上げ花火だって予定されているというのに。

 だが、引き留めようとする直樹を振り切って、真奈美は家に帰る道へと足を進める。

「志乃にドタキャンされた時点で帰れば良かった。まあ、りんご飴買ったから充分だわ」

 浴衣で、下駄をカランコロンと鳴らしながらの歩きなのに、真奈美の足は速い。

 小走りでやっとのこと追いついた直樹は、真奈美の隣を歩いた。

「なら、家まで送ってく」

「別に良いよ」

「送る。女を一人で帰せるかよ」

 余計なお世話だと真奈美は思ったが、逆らうのも面倒くさくて、直樹がついてくるままに任せた。

 人ごみの神社を抜け、交通量も少ない田舎道を二人は歩いた。

 真奈美の家に着くまで、二人の会話はほとんどなかった。

 

◆ ◆ ◆ 

 

「送ってくれてありがとう。じゃあね」

 そんな素っ気ない挨拶で真奈美が家に入ろうとしたとき、直樹は声をあげた。

「マナ! 一つ訊きたいんだけど!」

「なに?」

 引き留められて少しイラっとした真奈美は冷たく返事をする。

 そんな態度にめげることなく直樹は訊いた。

「お前、好きな男でもいんの?」

 真奈美は溜め息をついた。

 それは今まで何度も直樹に訊かれた質問だった。

 そのたびに真奈美は適当にはぐらかしていたのだが、疲れていたせいか、今日は答えを変えた。

「いるよ。好きな相手。あんたには教えないけど」

「は……そ、そう……」

 そう答えが返って来ることはある程度覚悟していたはずなのに、直樹は泣きそうなほどショックを受けた。

 今まではそんなこと明言されなかったのに。それでも、涙をこらえて、直樹は顔を上げた。引きつった笑顔で彼は言う。

「じゃ、また明後日学校でな! ゆっくり休めよ!」

「言われなくても。じゃあね」

 二人は別れ、真奈美は家に入った。

 そして、彼女は手に持っていた、食べなかった方のりんご飴をまじまじと眺めた。

 真奈美の好きな相手、それは人間ではなかった。

 数ヶ月前、ひょんなことから知り合ったそれは、天狗と呼ばれる伝説上の存在だった。

 しかし、伝え聞く話や、描かれた想像図と実際の彼の姿は違っていた。

 肌はそこまで赤くもないし、鼻だって不自然に長くはない。白人の平均くらいの高さ。

 真奈美が天狗を初めて見たときの印象は、意外と現代的なのだというもの。

 ファッション雑誌に載っていてもおかしくない、美形モデルのような姿に、真奈美は一瞬で心を奪われた。

 その上、性格は穏やかで、声は優しいテノール

 人目を避けて山奥に住んでいるというのが勿体無く感じられた。

 真奈美はすっかり彼が気に入り、何かにつけては彼の家を訪れていた。

 なのに、そんなに幾度も通っていても、真奈美は家に入れてもらったことがなかった。

 彼と話をするのは決まって空の下。

 だから、天気の悪い日には遊びに行けなかった。

 明日は日曜日で、テレビのデータ放送では晴れを予報していた。

「明日、レイに会いに行こう」

 浮かれた気分で真奈美は呟いた。

 天狗は甘いものが好きだ。きっとこのりんご飴も喜んでくれる。

 玄関で下駄を脱ぎ捨て、真奈美は家に上がった。

 明日のためにも早く休みたい。

 真奈美にとっての祭り本番は明日なのだった。

 

 

 終わり

 

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今回の「祭り」というテーマを見たとき、前回の話にも絡んだこんな話が思いついてしまいました。

偶然、私も前回の話で「夏祭り」というワードを出したので、その祭りを主体にしたら、こういう話もできるなと思いついたんです。

 

前回、感想を頂いて、マナも天狗も年齢が低い、と思われているようだったんですが、私の中ではマナは高校生くらい、天狗は100歳を超えている、という裏設定があります。(天狗の一人語りで、「人間よりちょっとは長い命」という表現がありましたが、私の決めた天狗の寿命は約1000年です)

今回の話でマナの高校生設定も入れれば良かったんですが、なんとなく見送ってしまいました。天狗に至っては字数が足りなくてにおわせることすらできませんでした。

「人間の平均寿命を遥かに超えているじじい」というフレーズを入れたかったんですが、入れられなかったですね……。

じじい好きの変わった子、という描写をしたかったんですが、今回あまりにも文字数が多くなって書き切れませんでした。

 

あと、「夏祭りのりんご飴や焼き肉は日本独特」という指摘もありましたが、それはそうですよ。意識して入れたんですから。

最初のうちは国籍を明かさず曖昧にしておいて、情報を小出しにして、「あ、日本が舞台なんだ」というのがだんだんにわかってくる、という話にしたかったんです。

その辺の面白さが伝わらないのは私の力量不足ですね。精進します。

 

 

真奈美の相手役、「直樹」という名前は適当に決めましたが、芥川賞を受賞した又吉さん、下の名前は「直樹」でしたね。発売日に買ったのに、まだ読めてないです、『火花』。最近は紙の本を読む時間がほとんどなくなりました。良い文章を読んで自分の糧にしていきたいんですけどね……。なんでいつもこんなに忙しいんでしょうね……。

 

長くなってすみません。読んでくださりありがとうございました。