【オリジナル短編小説作品】 雨と思い出
何年か前、本格的に小説を書き始めた頃の作品を引っ張り出してきました。
「雨」というテーマでふとそんな作品も書いたなあと思い出して。
当時もらった感想をもとに、少しだけ加筆しています。
雨と思い出
夕立から逃げ込んだ先にバス停。僕らは運がいいのかもしれない。
地面は熱を帯びていて、アスファルトからは白い湯気が立ち上るくらいだ。
舞ちゃんは僕の隣で時刻表の確認をしている。
「ねえねえ、修二くん。次のバスまであと二時間あるよ。」
なんてこった。僕らは運が悪いのかもしれない。
マイちゃんは目をキラキラさせながら、白い歯を見せている。心なしか頬も赤い。
僕はマイちゃんと目が合うと、慌てて視線を逸らした。ひょっとしたらひょっとすると、僕らは運がいいのかも……いや、いちいちそんなことで一喜一憂するなんて、面倒くさいことはやめておこう。
空から落ちる水滴たちは、容赦なく地面を叩き、僕らのいるバス停のボロい屋根を叩く。跳ねる水滴は僕らの靴を濡らす。
参ったな……。何に負けたのかはわからないけれど、僕の心はそう呟いた。
「シュージくんはさ、覚えてる? 真一さんのいた頃はさ、こうやって二人で遊びに行くことも多かったのにね」
シンイチ兄ちゃんは年の離れた僕の兄貴だ。今は大学生で東京にいる。地元では自分の学びたいことが学べないと言っていたが、僕はそんな言い訳信じていない。兄ちゃんは都会の空気の中で生きたかった、ただそれだけだと思っている。
マイちゃんは青いプラスチックでできたベンチに座って、組んだ足を揺らしながら遠い目をする。
「シンイチさんはさ、どんぐり拾いには連れて行ってくれたのに、肝心のカブト虫とりにはシュージくんしか連れて行ってくれなかったよね……。ヒドいと思わない?」
マイちゃんは古い話を持ち出してふくれる。でも、僕もなんだか懐かしい気持ちになって、マイちゃんと昔の話で盛り上がった。
楽しい時間は早く過ぎるもので、一昨年の八月の花火大会の話をし始めたくらいで、僕らの耳に遠くからエンジン音が入ってきた。
「あ、バス来たね」
マイちゃんは立ち上がる。僕は腕時計を見る。確かに楽しくて時間はあっという間に過ぎたけど……。
「二時間? そんなに経ってないぞ」
僕の言葉にマイちゃんはちらっと舌を見せる。
「ウソ……ついちゃった」
いつの間にか空は晴れ上がって、向こうに見える山々の辺りの雲は紅く染まり始めていた。
マイちゃんのウソ。それはきっと、僕ともっと長く一緒にいたいという気持ちの表れ。
そんなふうに自惚れても良いんだろうか?
「帰ろ」
小走りにバスに向かうマイちゃんの姿に、いつもよりも赤の強い虹色がアーチをかけていた。
まったく……。僕は運がいいのかもしれないな。